孔子様に弟子が野菜の作り方を教えて欲しいと言うと、もっと上手な人がいるからとお答えになり、質問した弟子がそこから出ていくと。
子曰く、小人なるかな樊須(はんしゅ)や。上(かみ)、禮を好めば。則ち民 敢て敬せずといふこと莫(な)し。上、義を好めば。則ち民敢て服せずといふこと莫し。上、信を好めば、則ち民敢て情(まこと)を用ひずといふこと莫し。夫(そ)れ是く如くんば、則ち四方の民、其の子を襁負(きゃうふ)して至らん。焉んずぞ稼を用ひんや。 (子路第十三[四])
孔子様は、弟子たちに君子の道を説かれている。上に立つ者が、礼を好み、義を好み、信を好めば、民は、情を用いないことはない。子を背負って民が集まり農耕をするようになる。為政者らが自ら農耕をすることにはならない。
孔子様は、多才なお方であるので、当然、農業にも通じておられたのだと思う。孔子様は、世の中を導く君子を養成しておられ、まさにのその現場であるので、君子が行うことを説かれたのだと思う。農耕を軽んじたのではないと思う。
ほかの章で、孔子様を隠者(世から隠れて、食べるために農耕している)が「四体勤めず、五穀分せず。孰をか夫子と為さん」とか揶揄する記述もある。孔子様は口達者な「佞者」を亡国の徒として退けていた。
国を構成する一員としてどのように社会と関わっていくのか、隠れていてはいかんと、その姿勢が問われているのだと思う。
国を構成する一員としてどのように社会と関わっていくのか、隠れていてはいかんと、その姿勢が問われているのだと思う。
えっ、家庭菜園している場合じゃないの?