愚鈍
前回、「もちろん、物質だけの宇宙に、言語の精神などという概念もあろうはずもなく、有情の意識などかけらもなかったと思う」と書いた。わたしには、認識できないことは、無かったことにしたい悪い癖というか、愚かさがある。
本当に、物質だけの宇宙に、精神、意識は無かったのだろうか?
御心のままに
因果、原因があって結果がある。原因がないのに精神、意識の発生という結果はありえるのだろうか。人間原理として、これ以外にありないという物理定数と種々の対称性の破れだけで、物質ができ、アミノ酸ができ、生命が誕生し、意識が生じるのであろうか?本能
子孫をつくる、次世代に遺伝子を残す。その為に命を維持するために、摂食、捕食をする。そのためには、運動器官、感覚器官、脳神経、脳を発達させていく。
赤ずきんちゃんじゃないけど、お前の匂いをよく嗅げるように、顔をよく見るため、声をよく聞けるように…お前を食べるために~と。
だが、生態ピラミッドを見れば、わかると思うが、必ずしも頂点捕食者だけが生き残るだけではない。
生物発生原則
人は、卵に精虫が飛び込み、受精した瞬間に、渦を巻き、大変化を予見させる。まるで渾沌から宇宙を生じるのを見ているようだ。哺乳類の胚は、下等脊椎動物に似る。「個体発生は系統発生の短い反復要約である」、生物発生原則だ。ミトコンドリア
15億年前、地球に猛毒の酸素が大量発生し、嫌気生物は絶滅に向かった。酸素を取り入れ、エネルギーに変えることができたバクテリアがいまも生き残っている。それも、私達の細胞の中に、一つ一つに。そう、ミトコンドリアだ。
ミトコンドリアの活性と記憶形成は、直結しているらしい。
ミトコンドリアの活性と記憶形成は、直結しているらしい。
阿頼耶識には、ミトコンドリア時代の記憶があるって言われても、
えっ、そうなの?と思えてきた。
瞑想
ちいと、座ろう。もう少し、何か、感じ取りたい。